朝星夜星 〜西洋料理とホテル〜
今回は、朝井まかてさんの「朝星夜星」を読みました。
長崎で日本初の西洋料理店を開いた草野丈吉の妻、ゆきのお話です。
以下、あらすじと感想。
時は幕末、遊郭の奥女中であるゆきは背が高くがっしりとした女性だった。
25になりオランダ料理を作らせるのに女将が読んだ丈吉という男に見そめられ嫁ぐことになる。
嫁ぎ先には両親と妹のよしが同居している。
祝言の翌朝、板と箱でテーブルを作り西洋料理を振る舞う丈吉。
初めての西洋料理に感動するゆきだったが、ゆき自身は料理が苦手で台所は妹のよしが担当し、ゆきは掃除と洗濯の係りになる。
そこで丈吉は外国船の乗組員の洋服を洗う仕事をゆきに割り当てた。
幼い頃から家族を養うために働いた丈吉は19の時にオランダ人に奉公し、読み書きは日本語ともに出来ないが外国語でのコミュニケーションは得意だった。
そしてある日、薩摩の五代という武家の勧めで西洋料理店を開くと言い出す。
「良林亭」を開いた丈吉だったが、細い坂道を登った人里離れた山の中に店があったためお客が全く来ない。
肝心の五代も薩摩とイギリスの戦で顔を見せなくなっていた。
やがて初めての客が訪れる。
店も狭く人でも足りないので1日に受ける客は少しだが、訪れる客が増えたのでゆきも両親も喜んでいた。
しかし自宅で料理屋を営むには狭いし、お客の話を盗み聞きするのも良くないと、坂を下った中腹に店を移すことにする。
やがて娘のきんが生まれ、その半年後店の名を「自遊体」と変えて看板を掲げた。
外国人の客が増えている中で、ライバル店に乗り込んだり二人目の娘ゆうが生まれたり、下働きに貫太という少年を雇ったりしているうちに、店の名前を「自由亭」に変えた。
そんな折り、丈吉が過労で倒れてしまう。
よしとゆきだけで店を切り盛りしなければならなくなり、
二人で四苦八苦している中、ある日身なりのくたびれた若者2人がお客でやって来る。
仲間にも食べさせたいから出前を頼みたいと言われ、重い荷物を軽々と持って坂を登り、雪は亀山社に出入りするようになる。
復帰した丈吉は亀山社の陸奥と出会い未来の話に花を咲かせ、自由亭は男も女もなく自由だとゆきとよしに告げる。
やがて徳川慶喜が将軍でなくなった頃、国内が混乱する中丈吉は新しい料理人の萬助とよしに店を任せ大阪へと旅立つ。
元号が明治に変わった頃、丈吉は山内家に召し抱えられ苗字を草野と名乗ることになった。
よしは料理人の萬助に好意があるようで、玉菊という芸妓と萬助が揉めていたのを見てしまい何かあるのではとゆきに相談する。
考えながら家に帰ると義父が倒れたと娘のきんから聞かされる。
息子を溺愛していた義父だったが会えないまま息を引き取った。
忌が明ける頃、丈吉は大阪の外国人居留地の近くの宿屋の司長を命じられた。
息子が生まれたゆきたちは家族全員で大阪に移ることになる。
かつて働いた遊郭の女将へ挨拶に行った際に玉菊のことを聞く。
すると女将はゆきが承知のことと思い込み、真実を話してしまう。
玉菊の相手は萬助ではなく丈吉だった。
モヤモヤしたまま大阪へ渡り、いよいよホテル経営が始まるのだった。。。
まず丈吉の浮気癖が凄すぎてひきます笑
玉菊の後にもおもんという態度の悪い女中と関係を持っていたり、松子・竹子・梅子という妾3人組が現れたりします。
おもん以外はゆきと良い関係を築くのですが、普通だったらブチギレですよね。
大きなことを成し遂げる男は浮気の一つもする時代だったのでしょうか。
現代だったら確実に炎上してるはず。
きんの夫になった米次郎も然り、浮気する奴が多すぎ笑
それはさておき、米次郎と丈吉の違うところは丈吉は最高の料理人だという点です。
決して妥協せず常に最上級のおもてなしをするというのは簡単にできることではないと思います。
浮気してもこの夫に寄り添っていつまでも一緒に頑張ろうと思ったのは、料理人としての夫の腕を一番買っているからでしょう。
丈吉はホテル経営の他にも大雨で流された橋の再建にも関わります。
更に庶民にも西洋料理を味わってもらおうと、大雨の被害が片付いた頃に値下げして提供し大成功します。
このように経営の手腕も見事です。
そしてこの小説に出てくる西洋料理の描写が美味しそうすぎて、読んでいるとお腹が鳴ります。
トマトが珍しいことや麺麭(パン)を出していたなど、この時代の食の変化も見られて大変面白かったです。
朝ドラが好きなが好きな人はこのお話は大変おすすめです。
是非読んでみてください。